「顔パスで」

植物を探しに走り回っていると、ちょっとしたごく小さな集落の道路の突き当り、のような場所に車を停めさせてもらうことがあります。
そんな時、先に集落の人に出会えれば、満面の笑みと低姿勢で
「ちょっと植物を見に、歩かせて下さいー」
と断るのですが、たいていそんな場所は誰もいないことが多いものです。
そうなると、私有地でなく、かつ邪魔にならない場所を選んで停めておくわけですが、先日植物探しが終わって車に戻ろうとすると、車のそばにおじいちゃんが立ってました。
こういう時はすかさず、「こんにちはー」と笑みをたたえて感じ良くご挨拶。“こちらからのご挨拶”が大事です。
すると、
「アンタ、なにやってんのよー」
そりゃそうです。完全にワタクシ、不審者です。
このご時世、不法投棄や密漁・盗掘などバカな輩が多いので、こんな所に車を停めてりゃ誰だって怪しみます。
こちらも終始、低姿勢と朗らかな雰囲気でキチンと事情を説明すると、
「いいね~。楽しそうで。そんな仕事をしたかったもんだ」 と。
聞くとそのおじいちゃん、元国鉄保線マンだったそう。
もうそうなるとワタシ、俄然おじいちゃんと雑談モードです。
当時の仕事ぶりのこと―。
鉄道のこと―。
仕事道具のこと―。
・・・・・・。
当時の北海道は、木材、鉱物といった資源で栄えた時代。それらは鉄道がなければ運べません。当時の北海道では、鉄道が産業・経済を支え地域発展の礎を作りました。そして、その鉄道を支えたのは、間違いなく、ひとりひとりの保線マンです。
超重量級の列車が走れば線路は歪みます。ほんの小さな歪みを放置すればより大きく歪み、脱線に繋がります。
それを避けるためには、保線マンたちが毎日線路を歩きながら、ビーターと言われるつるはしのような鉄の道具で砂利をついて枕木の高さやズレを調整し、線路の歪みを直していきます。危険と隣り合わせの体力仕事で、精細さも求められる作業です。
しかも北海道の保線作業となると、雪と凍結、さらには雪解け水との闘い。想像をはるかに越える地道な重労働でしょう。
今は「マルチプルタイタンパー」と言われる保線機械を使って砂利をならしますが、当時は、保線マンたちがビーターを一日中振るうことで安全な運行が保たれていたわけです。
当時の精密な保線技術は現代の新幹線における保線並みと言われ、世界に誇る技術なほどでした。
(ここいら辺のことは、以下の本に詳しいです。絶版となっているのが惜しい名本です。)
橋本 克彦 『線路工手の唄が聞えた
こんな人達の地道な仕事が、影で北海道の産業・経済を支え、地域が発展し、道路も整備され、ワタシなんぞでも好き勝手に植物や鳥を追いかけられるわけで・・・。
おじいちゃんは、
「オレなんか、ひでぇ仕事で、な~んもだぁ。」
と言っていましたが、立派な仕事だったかと思います。
おじいちゃんにとっては思いのほか当時の話しが通じる若造(オジサンですが)にスイッチが入ったのか、お互いすっかり当時の話しに盛り上がりつつ、その日は別れました。
ところでその日のワタクシ、当の植物は見つからずにハズレ。
ということで、また行ってきました。
すると、おじいちゃん。
「また来たのかいー(笑)」
と、すっかり顔パスになったようです。
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コメント

  1. buu より:

    素敵なお話です。
    満面の笑顔。 その笑顔で、生きた物語が増えるのですね。
    今年は各季節におじゃましたいと思いつつ、全く実現できず・・・
    また冬になってしまいました。(冬は大好きです)
    それにしても、いかにも渋そうな本のタイトルですね。

  2. Ftre-zen より:

    ありがとうございます。
    ムスッとしてたらただの怪しいオジサンですんで、出来るだけ笑顔で、がポイントです。興味深い・楽しいお話でしたよ。
    いつでもお待ちしてますー。自然は逃げませんから。
    時間的にも心身的にも楽しめるタイミングで、またご一緒しましょう。
    渋い本、オススメです(笑)

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