「分かる」という楽しさ

前に読んだ本に、
「『分かる』楽しさは、経験から得た既存の知識と、新たな経験から得た知識が繋がること」
ということが書いてありました。
―自然をみる楽しさも同じなんだなぁ~、と。
ニセコの山々は昔(明治末~大正期)、硫黄の採掘で栄えた時代があります。
山で採掘された硫黄は、山中に作られた作業道を馬そりなどで麓の村に下ろされ、船で運ばれました。
そんな作業道が、当時の地形図には残っています。
しかし廃道となっている今は植物が覆い被さり、歩くどころか名残すら分からないことも。
―そこまでが「既存の知識」。
先日、ニセコのとある山の斜面を見ていたら、一本の雪の線がありました。
植物が覆い被さってもそこの地形は道の名残を残し、そこに雪が溜まって、当時の道の存在を示していました。
今時期しか気付けない、「道」の存在。
恥ずかしながら、10年以上ニセコにいて、そんな風景にはまったく気づきませんでした。
その風景を見た瞬間、「既存の知識」と「目の前の風景」が繋がり、
「分かった!」
のでした。
こんなところが自然ツアーの楽しさの一つかもしれません。
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コメント

  1. Ftre-zen より:

    色んなところにこんな道があるのですが、今となっては、なかなかハードですよ~。
    いつかヤブ漕ぎツアーで(笑)。

  2. haruko より:

    知りたい!その道の存在。旧道に惹かれます。昔の人はその道を通って隣町まで通っていたんですね。

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