名もなき遊歩道

各地でクマが問題となっている昨今ですが、道内の小さな名もない遊歩道では、最近特に歩けなくなっていることが多くあります。

森の中の遊歩道なんかでは、クマの痕跡を見ることもちょくちょくあることだけど、やっぱりこのご時世、少しでもそんな痕跡があれば、遊歩道閉鎖の対応を取らざるを得ません。

大きな公園やメジャーな遊歩道ではなく、各市町村で町民のためにあるような——観光客など誰も来ないような小さな遊歩道——なら、なおのこと容赦なく閉鎖となります。

  • クマの痕跡があった→
  • このご時世なんで、即・通報!→
  • 通報を受けた側もどうしようもなく、即・閉鎖→
  • 誰も歩かなくなって静かになる→
  • クマにとっては、快適環境→
  • 管理側にとっては、
    「誰も歩かないし、クマもいるし」
    と、草刈りなどの管理が手薄に→
  • ヤブが増えて隠れやすくなり、クマにとってはさらに快適環境→
  • 「いない」証明は誰にも出来ないし、道を再び復活させるには管理のためのマンパワーも必要だし……いつまでも閉鎖→
  • 結果、遊歩道は廃道に……

という循環が起きているわけです。
クマが原因で閉鎖されて人が歩かず、管理もしないから、クマにとってはより快適な環境になる、という悪循環。

都会の市街地でクマ出没、となれば大問題だけど、地方・郊外にある遊歩道では、クマの痕跡はちらほらあるのはむしろ自然なことで、そのたびに閉鎖すれば自然の中を歩ける場所はどんどん失われます。かつて里山や畑が担っていた森林と生活空間とのバッファゾーン(緩衝地帯)も、より曖昧になっていきます。町に積極的に出没するクマと、森の中にいるクマを一緒に考えるべきではないと思います。
ただ、「遊歩道」である以上、管理者がいるわけで、クマの危険を見過ごすわけにもいきません。利用者も「リスク」をきちんと理解する必要があるし、管理側も適切な管理の何が「適切」なのか考えていく必要があるのでしょう。
だから単に「閉鎖するな」と言っているわけではなく、管理と利用の難しさを痛切に考えさせられる今日此の頃……というハナシ。

ニセコで、私ですら知らないちょっとした遊歩道(というか散歩道)がありました。

▼ツリバナの実がたくさん

▼アキノギンリョウソウ(ギンリョウソウモドキ)もたくさん

▼森もキレイで、シマエナガだらけでした

▼足元にはミゾソバの花が咲き

▼エゾスズラン(アオスズラン)もあった

数百メートル歩いてみると、オオハンゴンソウとワラビに行く手を阻まれ、ここまで。プライベートで藪漕ぎする気はありません。

そりゃ誰も歩かないよね。私もこの道の存在、知らなかったし。
そんな誰も利用しない遊歩道は管理しないよね。
そりゃ、クマも安心よね。
この道、いつまで歩けるのかな……
となりました。

まぁ、こんな誰でも歩ける遊歩道だからこそ、クマの痕跡でもあれば閉鎖するしかないわけです。
一定の装備と覚悟を備えた”登山”であれば、また対応が変わってきますから。

メジャーな自然景勝地や山岳登山だけでなく、道路のすぐ近くで、「どうせなら外で弁当を食べようか」という感じで利用できる森や遊歩道も多い北海道で、この廃道化の流れはとても残念です。
カメラを片手に小一時間、ただ歩くにもいい道なんだけど……。

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